9月6日 

≪地元町のいろいろ 豊能・能勢の行事≫

社団福祉法人豊能町社会福祉協議会会長

(元吉川地区自治会長)向井勝講師による講座 

長い夏休みもやっと終わり、受講生の皆さん、

元気はつらつと社協の教室へ!

ずは全員起立で朝の挨拶!

                          

ここで一句

「豊能校 笑顔飛び交う朝の顔」

  「ディレクター おしゃべり止めにひと苦労」

 

講義の初めに向井講師より、ご自身の自己紹介が有りました。 

元々サラリーマンの私も60歳で「停年退職」!今思えば、これからは自我を殺す事もなく、捨てるものは何もなく、自由に生きたい。しかし、充実感は充分あるが、逆に疎外感も強烈に味わいました。

今までに培った体力・気力・技術力をどう生かすか。ここで行動なしでは、いずれ世間から忘れられてしまう。人との繋がりが絶対必要(HP担当の私も同感!)との思いより、豊能町社会福祉協議会に身を置く事となったと!身の内を明かされました。

 

ここでふたたび一句

「老いゆく身 気持ちはいつもアクティブシニア」  ※文中の句はHP担当者のつぶやき。

 

    これより本論≪ロマンの道〈花折街道〉≫

豊能町もご多分にもれず少子高齢化、たいした観光名所もないが、緑豊かな広大な山々と自然に恵まれた町、唯一、聴いてさわやか≪ロマンの道〈花折街道〉≫が有ります。川西能勢口より能勢電に乗り26分、終点妙見口より平井川に沿って黒川地区までの徒歩約14m・20分の所です。

今から200年前から150年前まで、能勢妙見宮信仰による多くの参詣客が往来し、門前町として栄え、土産物屋、宿屋が有ったと伝えられています。

今は常夜灯や道しるべが面影を残すのみとなりました。

一度、昔の思いに戻り、この〈花折街道〉を散策してください。講師のお話の内容に思い当たる処が数多く感じられると思います。

向井講師が良く調査され、その調査の凄さに感心しました。2時間の講義も興味ある話ばかりで、あっという間の事でした。本当に有難うございました。

 

〈参考〉絵図での道の呼称の変遷ついて

  大通り -西暦1200~1600年(中世)

  海道  -西暦1600~1800年

  街道  -西暦1800~19」00年(江戸時代)

 

≪クラスカフェ・クラスの語らい≫ 

()10月25日の遠足の目的地について 

           五月山・箕面の滝、勝尾寺・西宮の酒蔵・宝塚ホテル等々の案が提出されたが、多数決により「宝塚

    ホテルと植物園」に決定しました。

()12月19日開催の「ふれあい祭り」の打合せ。

 ①それぞれの役割分担の決定及び演出内容の確認。

 ②民謡の練習。

 

クラス全員が一つになり、良いムードで盛り上がりました。皆さん有難う!

                                           《受講生のひとりごと》 

                                           = 楽しい豊能町の夏のお祭り              73歳 M生 =

大阪の北部に位置し、閑静な町並と緑豊かな自然が溶け合う、歴史深き町、豊能町。今回は夏の楽しいイベントのことをひとこと。

少子高齢化の影響か、普段はあまり子供の声が聞こえることの少ない町ですが、7月から8月にかけ子どもたち家族が帰省してきます。町の人口がいっきに膨れ上がり、子どもたちの楽しそうな声が拡がります。吉川八幡神社納涼夏祭り(疫病祓いと暑気祓いのお祭り)を皮切りに、豊能町の「夏祭り」が4か所、ほぼ一週間毎に開催されました。夏祭り、サマーカー

ニバルと呼び方は色々ですが、盆踊りと住民参加の歌や踊りに加え、昔懐かしい屋台も出店されました。会場では子どもたちの歓声と若い笑い声が溢れます。学校卒業後、バラバラになった若い人が真夏のプチ同窓会、また、独立して豊能町から離れた若い人たちも子連れでの帰省、昔話に大いに盛り上がり を見せます。また、お爺ちゃんお婆ちゃんにとっても、孫との楽しい時間です。世代を超えた人と人とのふれあい、これぞ地域密着のイベントです。今ではこういった手作りのお祭りも減っているのが現状のようです。豊能町では、みんなお祭りを楽しみにしています。中には、4会場を制覇する強者もいるとか、いないとか?

歴史深き町、緑木濃き町で自然との触れ合い、人との出会い、楽しいひとときを皆さんも体験してみは如何ですか?

 

9月20日 

≪歌と手遊びで楽しく健康を≫

レクレーションコーディネーター 梶本智子講師による講座

 

講座のタイトル≪歌と手遊びで楽しく健康

を≫そのままに、冒頭から体を動かし、みんなで爆笑。

一瞬で受講生の心をつかんだ梶本講師、楽しく身体を動か したあっという間の2時間でした。

少年時代を歌いながらの「ぐ」「ぱ」

のリズムでの体操。昔懐かしい歌を歌いながら肩たたき運動、大きな声を出すチャンスのない我々にとってはストレス解消にも役立ったと思います。歌って、身体を動かし、大きな声で笑いクイズで頭のトレーニングもし頭も体も若返ったと思います。

 

≪クラスカフェ・クラスの語らい≫

 (1) 府民カレッジ豊能校来期の募集について

   募集要項・カリキュラムも決定し10月1日からの申し込み受付。講座説明会を豊能町西地区(西公民

   館)、豊能町東地区(希望ヶ丘自治会館)、箕面森町地区(箕面新町自治会館)の3カ所で開催。

 (2) 10月25日の遠足について

   宝塚方面での散策とランチ。詳細は次回9月27日に説明する。

 (3)スポーツ大会の内容説明。(資料配布)

 (4)一口メモでの意見について

   講義中の私語・携帯電話への注意。

 (5)12月19日開催の「ふれあい祭り」の通し練習

   本番を想定し、衣装・小道具等々を準備しての練習を実施した。

   受講生全員がひとつにまとまってきた感触が出て来た。写真は練習風景。

 

9月27日 

≪能勢町のいろいろ≫ 野間の大けやき

 「野間の大けやきについて」

  能勢町けやき資料館館長・NPO法人大きな木平田常雄講師による講座

 

野間の大けやきは国指定の天然記念物として昭和23年に認定。

 樹齢は1000年以上で、けやきとしては日本で4番目、単体木としては日本一

 の大樹である。

 高さ27.37m、幹周13.01m、巾39.3m。

野間の大けやきの信仰と歴史。

 農作物の豊凶の占い。

 蟻無宮(承久二に野間氏によって建造された。明治45年に野間神社に合祀

 された。砂を撒くと蟻がいなくなると伝承された。そのため、昭和初期まで

 砂を売っていた。

地域との関わり

 しめ縄つくり。

 村の人が毎年12月23日にしめ縄をつくっていたが、関わる家が減少、

 毎年12月の第4日曜日に一般の人も参加し、7しめ縄つくりを行うように

 なった。

 野間神社の例大祭 だんじり、神輿、獅子舞の奉納。

 願祭、縄ほどきまつり

 盆踊り

ふくろうとアオバズク

 野間の大けやきでの巣つくりと子育てを行う。

 

「野間の大けやきの診断と治療について

 中島樹木クリニック 中島末二(樹木医)による講座

 

平成5年9月~10月にけやきの健康診断を実施し、平成6年度~8年度にかけ治療をスタートした。

 平成6年度⇒土壌改良、枯れ枝・ヤドリギ切除

 平成7年度⇒地上部外科処置

  幹の洞への処置

 平成8年度⇒その他支柱、ヤドリギ境内、内地被植物育成

  固定式ではなく風に対応する可動式の支柱

 平成15年度~16年度 周辺整備  周辺の100m四方の土地を購入し

 けやきの健康のための整備

 落葉長計測・葉緑素量計測

  大けやきのデータを数値化し、推移を蓄積

今後の課題としては①ヤドリギ②定期診断の継続③野間のけやき保護増殖検討委員会の継続⑤大けやき

を活用した地域の活性化が挙げられた。

 

「お二人の講座から感じた事」

普段は何気なく見ていた野間の大けやき、その立派な雄姿を保つためには、人間同様多くの愛情の有る

目に見えないケアが必要と感じた。

 

≪能勢町の町歩き≫

 7月の講座で≪北摂の歴史≫で講師をお願いした郷土歴史家家村耕先生の案内での能勢の町歩き。

 能勢町のけやき資料館からスタートし、野間神社に到着。畑宮司の説明を受ける。その後、地黄城跡、

 地黄公会堂の順での町歩き。

 野間神社は昔は官幣社の待遇を受けていた。東能勢・歌垣・田尻・吉川の総社でもあった。例大祭には

 国より遣幣使も派遣されていた有名神社である。

 地黄城は関ヶ原の合戦や大阪の陣で戦功をたて、徳川家の旗本となった能勢頼次が築造したもの。

 地黄公会堂は地元自治会が《大阪市中央公会堂のような建物を》と1936年に建設したもの。

 黒塗りのヒノキ板の壁や白い窓枠が印象的な洋風建築です。

 

≪報告事項≫

 10月25日に予定していた遠足が下見の結果、日程が11月8日(金)に変更の予定。詳細は後日担当より

 連絡が有る。